情報モラル教育は"治療"から"予防"へ
ーー教室の関係性のなかで育てる、SNS時代の判断力
2026年07月23日
対象:教育関係者向け
教材:活用型情報モラル教材 GIGAワークブック

SNSでのトラブル、写真投稿によるプライバシー流出、生成AIで生まれる真偽不明の情報。子どもたちを取り巻く情報環境は、日々複雑さを増しています。
学校現場では、こうしたトラブルが起きるたびに、当事者の子どもへの指導だけでなく、保護者対応、他の子どもたちへの説明、関係機関との連絡調整と、膨大なエネルギーと時間が費やされます。「起きてから対処する」だけの情報モラル教育では、現場はもう持ちこたえられない。そんな声も少なくありません。
本稿では、私たちみらいプロジェクトが実施した調査結果と、監修者である明星大学 教育学部 今野貴之教授のご提言をふまえ、これからの情報モラル教育のかたちについて、私たちなりの受け止めを共有させてください。
01. 現場が指導しているテーマは、想像以上に幅広い
私たちが2025年10月から2026年1月にかけて、GIGAワークブック導入校の教員・管理職399名を対象に実施した調査では、GIGAワークブックを活用した経験がある教員に、その活用理由を尋ねました。その結果、小学校・中学校ともに、「今後の児童・生徒によるトラブルの回避・低減が必要だから」が最も多く、小学校では41.5%、中学校では45.5%でした。
また、実際の指導内容を見ると、情報モラルの分野は決して「一つのテーマ」に閉じていません。
・コミュニケーショントラブル(悪口、不適切情報の発信):小学校 約70%/中学校 約82% (第1位)
・個人情報の開示・プライバシーの侵害:小学校 約37%/中学校 約73% (第2位)
・情報の信頼性・情報の真偽の見極め:小学校 約42%/中学校 約36%
・著作権:小学校 約39%/中学校 約36%
現場の先生方は、SNSでの言葉のトラブルだけでなく、フェイクニュース、個人情報、権利意識まで含めて、情報モラルという言葉の中身を広く捉え、日々の指導に取り組んでいらっしゃることが伝わってきます。
出典:LINEヤフー株式会社「GIGAスクール端末および情報モラル教材の活用状況と効果、教員意識に関する調査報告書」(2026年7月)pp. 24-25
GIGAワークブックを活用した指導内容(複数選択可)


02. なぜ、いま「信頼性」「個人情報」「著作権」なのか
3 つのテーマが選ばれる背景には、それぞれ現代ならではの事情があります。
情報の信頼性・真偽の見極め ―― SNSの活発化、メディアの多様化、そして生成AIによる画像・文章の氾濫。「もっともらしく見える情報」が、以前より格段に流通しやすくなりました。だからこそ、一次情報を確認する習慣、複数のメディアで確認する姿勢が欠かせません。私たちが情報モラル教育のなかで大切にしてきた「だいふく」――(だ)誰が、(い)いつ、(ふく)複数メディアで確認――といった、シンプルで日常に落とし込める視点も、その一つのかたちです。
個人情報の開示・プライバシーの侵害 ―― 何気ない投稿、友達との集合写真、背景に写り込んだ景色。今の情報環境では、それらの断片から個人が特定されることも珍しくありません。そして、注意深く見ておきたいのは、「被害者になるリスク」だけでなく、「自分の不用意な発信が、誰かのプライバシーを侵し、加害の側に立ってしまうリスク」があることです。中学校の指導内容として約73%と第2位に入っていることは、この時期にこそ丁寧に扱いたいテーマであることを物語っています。
著作権 ―― 端末で画像やテキストを入手・コピーすることが誰にでも簡単にできるようになった今、「知らないうちに人の権利を侵害していまう」場面が、日常のなかに紛れ込んでいます。
03. 情報モラルは「個人のスキル」だけでは身につかない

こうした複雑なテーマを、子どもたちにどう伝えていけばよいのでしょうか。この点について、調査を監修いただいた今野貴之先生は、示唆に富む視点を示されています。
「情報活用能力は、個人が単独で身につけるものではなく、教師・クラスメイト・教材・ICT環境・学級文化が互いに作用し合う関係性のなかで組み合わされるものである。情報モラルを個人のスキルとして注入するのではなく、「この投稿を相手はどう受け取るか」を教室で交わし合い、トラブルを関係の問題として経験させる視点の転換が必要である。(今野貴之教授・提言より)」
「投稿ボタンを押す前に、一度立ち止まる」――言葉にすればシンプルですが、その"立ち止まる感覚"は、一人で身につくものではありません。教室で仲間と交わす対話、「自分だったらどうする?」「相手はどう受け取る?」を投げかけ合う関係性のなかで、少しずつ育っていくものだと、私たちも感じています。
04. 「治療的観点」だけでは現場が持たない
トラブルが起きてからの指導は、もちろん必要です。しかし、それだけを積み重ねていくと、対処のたびに現場は疲弊していきます。当事者の子どもへのケア、保護者への説明、学級全体への影響、関係機関との連携――一つのトラブルが波紋のように広がり、教員・学校・保護者を巻き込みながら、膨大な時間とエネルギーを要求します。
だからこそ、日頃からリスクやトラブルを想定し、備えを重ねる「予防的観点」の情報モラル教育が大切になります。予防は、起きてからの対処に比べて、圧倒的に少ないエネルギーで済みます。結果として、子どもたち本人、そして支える大人たちの負担を最小化することにつながります。
とはいえ、予防的教育を「危ないから、やめておこう」の指導に置き換えてしまっては本末転倒です。禁止と警告だけでは、子どもたちの心には届きません。頭では分かっているからこそ、「自分ごと」として考える経験が必要になります。
05. 「活用しながら、自然に備えが育つ」学びへ

私たちみらいプロジェクトが提供している情報モラル教材の名称には、「活用型」という言葉がついています。この名前には、私たちなりの願いを込めてきました。
情報環境を"避ける"ために学ぶのではなく、端末やSNS、そしてこれから広がっていく生成AIといった情報環境を"活用しながら学ぶ"なかで、リスクやトラブルへの備えが自然と身についていく。
――そんな学びの姿を目指したいと考えてきました。
・情報を調べる活動のなかで、「この情報は本当に信頼できるか」を仲間と確かめ合う
・写真や動画で作品をつくる活動のなかで、「これは誰かの権利やプライバシーを傷つけていないか」を自然に考える
・教室で「もしSNSにこう投稿したら」を模擬し、友だちと共有してみて、「相手はどう受け取るか」を想像する習慣を持つ
こうした、活用のなかに予防が織り込まれた学びを、教室の関係性のなかで積み重ねていくこと。それが、これからの情報モラル教育の一つのかたちではないかと、私たちは考えています。
おわりに:予防は"避ける"ためではなく、"安心して漕ぎ出す"ための備え
SNSも生成AIも、変化のスピードは止まりません。すべての最新事例を追いかけて指導することは、現実的ではありません。
だからこそ大切なのは、変化に対応できる判断の土台を、教室という関係のなかで育てておくこと。「使わないための情報モラル」ではなく、「よりよく使うための情報モラル」へ。予防は、子どもたちを情報環境から遠ざけるためではなく、安心して漕ぎ出していくための備えである――そう捉え直したい。
これからも現場の先生方の実感と子どもたちの姿に耳を澄ませながら、情報モラル教育の実践を、共に模索していけたらと思っています。
文:LINEヤフー みらいプロジェクト事務局
